blog武藤文雄のサッカー講釈

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■ ミャンマーとの対戦

 五輪予選は、ミャンマーとバングラの勝者と2次予選を戦う事になったと言う。AFCホームページのタイトルが「Japan given favourable Olympic qualifying draw 」。
 あたかも日本の勝利が確定済みとの報道である。なるほど、先日のアジア大会のチームの充実振り、さらに加わるだろうU19の好タレントたち、アジアのどの国が来ても、恐れる必要はなかろう。これについては、別に講釈したい。
 しかし、ミャンマーが「安全牌」と言う報道には感慨深いものがある。ミャンマーの前身であるビルマは、私がサッカーを見始めた頃、アジア最強国の一つだったからだ。しかし、その後の政変などでしばらくアジアのサッカーシーンからビルマは消えてしまった。
ビルマがミャンマーと国名を変え、日本と久しぶりに対戦したのは、94年の広島アジア大会だった。ファルカン氏率いる日本は、1次リーグでUAE、カタールとそれぞれ引き分けた後、ミャンマーと対戦。5−0で完勝する。あの強かったビルマを完璧に叩き潰したのだから、感慨深いものがあった。この試合は澤登が代表で最も光り輝いた試合として記憶されるべきものだったが、この件もそのうち講釈する機会があるだろう。
 あれから8年経ったが、ミャンマーはまだサッカー強国として復活はしていない。しかし、アジア全体の底上げのためには、東南アジアのレベルアップが必須であり、そのためにミャンマーが少なくともタイやマレーシアと同等のレベルまで上がってきて欲しい。決してバングラをないがしろにするつもりはないが、2次予選はミャンマーの復活振りを愉しみたい。

投稿時間 2002年12月10日
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