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■ ミスジャッジと判断基準

 昨日のナビスコ準決勝。巻の先制ゴールが「ハンド疑惑」で、もめているらしい。私はTVでVTR映像を1度観ただけだが、確かにハンドにも見えたが、典型的な審判泣かせのプレイだった。あのような体勢で頭と言うか身体と言うか、上半身を用いて強引に押し込もうとする場面の識別は、審判にとっては非常に難しい判定になる。副審からも、相当距離があるし、あのような場面で副審が最も神経を使うのは、オフサイドだろうから、尚更あそこまでは判別しづらい。もし、巻の手に当たっていたとすれば、レッズは極めて不運だったとしか言い様が無い。ただ、あのような微妙な場面で、不運に泣く事があるのも、またサッカーなのだ。
 ところで、「巻がハンドを自己申告しなかったのはケシカラン」との論調にはビックリした。「巻がハンドしたのはケシカラン」ではないのだから。そもそももし手に当たっていたとしても、あの状況で巻自身がそれを認識できたかどうか。サッカー経験者であればわかるだろうが、あのように身体ごと投げ出した状態で、自分の手がボールを捉えたかどうか認識するのは簡単ではない。一部の報道は、レッズのDFが「巻は自分でもハンドだった事を認めている」と語った事を強調しているようだが、試合後の巻は「ヘディングだ」と明言している。
 言うまでも無く、過去にも再三類似の「疑惑の場面」は無数にある。最近でも、今シーズンの開幕戦の福西、昨年のアジアカップ決勝での中田浩二のゴールは、非常に微妙なものだった。ちなみに今回の判定や巻の対応に不満、批判を述べるのならば、昨年の中田浩二の得点にも同様の態度を取るべきだと思う。レッズのサポータが怒り狂うのはよく理解できる。しかし、(いくらレッズ系とは言え)マスコミが、今回のようなケースで自己申告しない巻を非難したり、レッズの選手の言い分だけを聞いた記事を載せているは、とても残念に思う。

 最近、Jリーグの審判に対し、批判が渦巻いている。今回の場面も、審判が巧くその瞬間を捉える事ができていれば問題なかったのだが、ボール、複数の選手、オフサイドライン、などが錯綜した状態で、主審も副審もその瞬間を捉え切れなかったと言う事。つまり、審判が技術的に拙く、決定的な場面を発見できなかったトラブルと言う事になる。そして、今回のトラブルでも、各所で審判批判が多数見受けられる。被害?を受けたレッズの社長がJリーグに意見書を提出すると発言しているらしい。その気持ちもまた理解できなくはない。
 しかし、今回のトラブルとは全く別種のトラブルが存在する。それは、カードを簡単に切り過ぎるとか、反則とは思えないタックルを反則とするとか、判定基準の問題だ。この手の問題は、反則としての認定は適切に行われているだけにミスジャッジとは言えない。しかし、ゲームを壊すと言う意味では、この手の判断基準差により、やらずもがなの警告、退場を余儀なくされる問題の方が大きいようにも思える。
 いずれにせよ、審判問題を論じる際は、少なくとも上記のように2種類あると考える必要性がある。それぞれ大変な問題である事は間違いないが、あくまでも別に議論するほうがよいと考えた次第。

投稿時間 2005年09月01日
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