blog武藤文雄のサッカー講釈

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■ 最高の弟子、偉大な師匠を破る

 この週末は、J1、J2いずれも凄い試合を多数愉しめたのは、一昨日の日記で語った通り。言うまでもなく最も興奮した試合は昨日のベガルタ−サンガ。そして、その次に印象的だった試合は、Jリーグではなく、正月高校選手権の東京大会決勝、帝京高−成立高だった。

 もちろん、試合そのものも素晴らしかった。しかし、私にとって感慨深いのは、両チームの指導者対決だった。成立の総監督宮内氏は、言うまでもなく日本代表の名MF。帝京監督古沼先生が手塩にかけて育て、氏の40年近くにも渡る指導者生活でも、最高クラスの実績と印象を残したタレントだった。言い換えると「ユース指導者として最高クラスの実績を持つコーチ」対「日本代表選手として最高クラスの印象を残した名手」の師弟対決だったのだ。
 さらに、中年ファンにはこたえられない因縁がいくつも。成立の監督、山本健二氏は韮崎高の高校選手権連続ベスト4に貢献し、後日古河、ジェフで活躍した小柄なサイドバック。韮崎高3年時は、準決勝で平岡(現大津高教諭、今年の正月大会で帝京に苦杯)、前田(元フリューゲルス)、広瀬(元レッズ)らがいた帝京に苦杯している(帝京は決勝で三羽ガラスの清水東を破って優勝)。
 さらに、帝京のコーチ広瀬龍氏(上記広瀬とは別人)は、この日選手達の胸に燦然と輝いていた帝京の9個の星(全国優勝の数)の、1つ目を獲得した時の主将ではないか。フジタでプレイした後、教諭に転身し山梨の帝京三高を率いて全国大会に導いていたが、いつのまにか母校のコーチになっていた。そして、この日はご子息がプレイしていた。

 試合内容も、いかにも高校サッカーのトップレベルらしく、両チーム共、技巧、肉体、戦術眼いずれも揃っており、市川(成立)、関口(帝京、ベガルタ入りの噂あり、でもこの試合では市川の方がよかったぞ、しっかり頑張れ、最後に泣き崩れる味方を起こすだけでは不足だ)を軸に攻めの道筋も明確。
 ただし、チーム全体での意思統一については、成立が一枚上手だった。後半、エース市川の得点以降も、巧みな速攻を軸に帝京陣でプレイを進め、ほぼ完璧な試合運びで全国大会に近づいて行った。
 しかし、試合は簡単には終わらなかった。ロスタイム、ハーフウェイライン近傍のFKから、帝京が信じられない得点で追いついたのだ!伝統の力と言うのか、古沼先生の指導の賜物なのか。同点になった瞬間、古沼、宮内両氏が大映しになるが、2人とも表情を変えないところに、並々ならぬ凄みを感じた。
 延長後半、先ほどの帝京が得点したのと同じような距離のFKから成立がVゴールを決める。よく守っていた帝京守備陣だが、この場面は守備陣が皆ボールに気をとられ、敵FWを見失ってしまった。若さが出たとも言えるし、成立の猛攻を防ぎ続けたための疲労が出たとも考えられるだろう

 試合終了後、私は師匠と弟子の固い握手を想像し期待した。しかし、古沼先生は、宮内氏が座るベンチをわざわざよけて、退場した(日本テレビは実にお見事、その場面を見事に映してくれた)。私は古沼先生に改めて感心した。
 「この人は本当に負けず嫌いなのだ」

投稿時間 2003年11月17日
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