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■ ジーコ氏の理想のサッカーとは −ジーコのひみつ、その3−

 インド戦を翌日に控えて、選手たちが直前に現地入りした。直前の現地入りとは、ワールドカップの南米予選のようで面白い。私はインドには行った事はないが、友人によると「プライベートの旅行で行くには最高だが、ビジネスで行くのは最悪」と言う場所との事。ビジネスであるワールドカップ予選を戦いに行くチームとしては、直前の現地入りは適切なのかもしれない。
 いくらジーコ氏(あるいは氏のスタッフ)が体調管理が下手でも、全選手が日本国内で合宿、調整できたのだから、シンガポール戦のようにコンディショニングが滅茶苦茶と言う事はなかろう。昨日も述べたが大差での確実な勝利を期待したい。
 
 さて昨日、ジーコ氏の信念についていささか強引な仮定を行った。今日は全く別な視点から、ジーコ氏の理想とするサッカー像を推定してみたい。
 
 その点について、我々の多くは誤解していたのではないかと思う。元々、我々にとって「選手ジーコ」のイメージは、大量点を奪う強烈な攻撃的サッカーの中心選手だった。
 81年のトヨタカップ。主将ジーコを中心とするフラメンゴの攻撃的サッカーの印象はあまりに鮮烈。欧州を圧倒的強さで制したリバプールの守備陣を、子ども扱いして切り裂くジーコのスルーパス。3−0と言うスコア以上の内容差。
 82年のワールドカップ、黄金の4人。天下の名将、テレ・サンターナ氏に率いられたブラジル代表。いずれの試合でも、ファルカンの展開、トニーニョ・セレーゾの驚異的な上下動、ソクラテスの知性、これらに支えられたジーコの幻想的なラストパス、フィニッシュ。いずれの試合でも大量得点を奪う凄まじい攻撃的サッカーだった。イタリアの奸計に見事に引っかかった負けっぷりもまた見事だったし。
 我々は、ついついジーコ氏のイメージを、この「選手ジーコ全盛期」に捉えてしまう。したがって、「指導者ジーコ氏」の理想のサッカーは、上記の歴史的チームが見せてくれた美しい攻撃サッカーなのではないかと思いがちだった。そのため、監督就任直後、中田、小野、中村、稲本の4人を並べたりするものだから、ついつい82年の4人と比べたくなったりしたのだ。

 しかし、「指導者ジーコ氏」の理想とするサッカーは全く異なるのではなかろうか。
 鹿島の「実質監督時代」93年シーズンJ1前期を制覇した時を思い起こしてみる。すると、印象的なのは無類の勝負強さだ。
 開幕以降不振を極めていたレッズ(ワールドカップ1次予選で相当無理をしたエースの福田が疲労困憊でリーグに臨んでいた)との試合、前半早々に福田が久々に彼らしい見事な得点を決め、チーム全体で歓喜している間に、アントラーズはキックオフ、レッズ守備が整わぬうちに鮮やかに同点に追いつく。優勝争いの大一番となったマリノス戦、芝生にスパイクが合わず木村と水沼が履き替えのために外に出て、1時的に9人になった隙を見逃さず先制。これを勝てば事実上の優勝と言うヴェルディ戦、2−0と先制しながら同点に追いつかれ、一気呵成に攻め込むヴェルディに対してカウンタをしかけて、3−2と突き放した冷静さ。
 いずれも、チーム全体の集中力、敵の隙を見逃さない意思疎通など、実に勝負強いしたたかなチームだった。
 その後、ジーコ氏は「実質監督」から「総監督」になる訳だが、アントラーズの強さは「したたかさ」、「勝負強さ」をベースとしたものだった。
 そしておそらく、ジーコ氏が理想としているチームも、アントラーズのような強さを持つチームなのではなかろうか。

 ここまでの暴論で導いた仮定をまとめる。
 「ジーコ氏は『その場主義』と言う方法論で、粘り強くしたたかなチームを作ろうとしているのではないか」
 今後、その仮定に基づいて議論を進めていく。

 ともあれ、明日のインド戦は、私のような野次馬がどう騒ごうが、「確実に」勝つ試合をしてもらいたい。頼むよ。

投稿時間 2004年09月07日
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