blog武藤文雄のサッカー講釈

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■ 本当にこのままでよいと思っているのだろうか

 しつこいがジーコ氏周辺問題をまた語りたい。
 
 最近不思議になるのだが、「現状のままでよい」と心の底から思っている人が、何人いるのだろうかと言う事だ。
 ジーコ氏の最近の振る舞いを見ていると、氏が現職に前向きに取り組んでいるようにはとても思えないのは以前から再三述べた通り。氏のつらそうな表情を見ても、ジーコ氏自体本当に代表監督を継続したいと考えているのだろうか。ホンネは辞任したいと思っているのではないか。もちろん、本人のプライドは別であるが。
 強化委員会を中心とする日本協会のスタッフが、適切にジーコ氏を支援しようとしていないのではないかと言う懸念も、以前に述べた。多くのスタッフが、ジーコ氏の監督振りに脱力なり絶望しているのではないか。
 川淵会長にしても(巷報道されているように、過去に「ジーコ氏招聘」を氏が強引に進めたのだとしても)、氏の重要な責務は、日本代表のワールドカップ上位進出(当初目標はあくまでも上位進出であり、出場ではなかった事に留意したい、あまりの弱体振りにいつのまにか世論の目標基準が下がってしまっている)であり、それの阻害要因は取り除かなければならない。以前も述べたように、「任命責任」は確かにあるが、「放置責任」の方が格段に重い事は間違いないのだから。「過ちては則ち改むるに憚ること勿かれ 」なのである。
 日本代表周辺のスポンサにとって重要なのは、「日本代表が強い事」だろう。確かに、見栄えのするとか集客力があるとかの選手を使って欲しいと言う思いはあるだろう。しかし、今のまま日本代表が擦り切れていけば、それこそスポンサとしては、投資が全く回収できない事になってしまう。
 選手たちに関しては言うまでも無いだろう。先日来述べているが、選手たちが現行体制への疑問を口にするのをはばからなくなっているのだから。
 そして、多くの心あるサポータが、氏の退任を望んでいるのは言うまでもない。
 
 確かに例外的な存在の方々もいるかもしれない。一部の「『自由を重視する』ジーコ氏の理想とするサッカーが日本のレベルを向上させる」から「ジーコ氏のままでよい」と論陣を張っている方々だ。この前段を私は全否定できない。しかし、ジーコ氏の問題は「ジーコ氏の理想をジーコ氏自身が具現化する手段を持たない事、あるいは具現化するための努力を怠っている事」にある。したがって、たとえ氏の理想が日本サッカーのために正しい道だとしても、ジーコ氏を留任させる理由にはならない。
 またジーコ氏の存在そのものを神格化して捉えている方々もかもしれない。しかし、私はあの苦悩に満ちた氏の表情を見るたびに、本当の意味でジーコ氏を愛している人たちもまた、氏の退任を望んでいると思うのだが。

 以上述べたように、一部の例外的存在を除いては、本人を含めた多くの人間が退任が適切と考えているのではないだろうか。しかし、ジーコ氏、川淵会長を中心に多くの関係者が、「このままではまずい」と考えているにも関わらず、意地やプライドが邪魔をし、ホンネを持ち出せなくなっているのではないか。

投稿時間 2004年04月08日
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