blog武藤文雄のサッカー講釈

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■ 史書を愉しむ

 日本−ブラジルの総論も未完だし、監督としての都並についても書きたい。ところが、とにかく本業が忙しくままならない。今日も定時に上がって横国じゃなかった日産スタジアムに行くつもりだったが、失敗。会社を出たのが23時近くと言うテイタラク。人生の手段と目的を完全に取り違えているのは情けない限りだ。
 それでも今日は、帰宅してメールをチェックしながら、久しぶりにじっくりとネットサーフィン(この言葉も死語になりつつあるな)を愉しんだ。そうこうしているうちに素晴らしいエントリを見つけた。感動した。本格的に日本にサッカーを紹介した最初の人とも言われている、あのデ・ハビランド氏が、かのメラニーの実のお父上だとは。「風と共に去りぬ」と言う映画には、私的にも深い想い出があるのだが、これで一層の彩りが加わった。是非に映画館で再度観なければならない。
 さらに言えば、この研究をされた柴田先生は70年代から80年代にかけて、札幌大学を日本の大学のトップレベルに成長させた方ではないか。しばしばインカレで関東の強豪を破り、天皇杯中央大会でも勝利を収め、後にフジタ、日産で大活躍するマリーニョ、フジタでプレイし森監督時代に日本代表で安定したプレイを見せた野村貢などを育成した名伯楽だ。今日でこそ、日本中のJリーグのクラブが誕生し、日本各地でトップレベルの試合が観戦できる。しかし当時は、大学とは言え、中央のチームと互角に戦える地方のチームは、ほとんどなかったのだ。そのような時代に、地方で実績を上げた柴田氏の貢献は、日本サッカー界にとって非常に大きいものだった。
 中澤の決勝ゴールを見そびれた残念な日だったが、このような知見を得る事ができたのだから、幸せな日だったと考えるべきなのだろう。やはり歴史は愉しい。

 ところでこちらのblogだが、この素晴らしいWEBサイトの編纂日誌の位置付け。私の戯言は所詮講釈に過ぎないが、こちらのWEBサイトは、正に歴史書。歴史の愉しさを満喫できる。

投稿時間 2005年07月06日
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