blog武藤文雄のサッカー講釈

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■ 落合弘対K・H・ルムメニゲ

 先日、エルゴラッソの編集部から突然連絡があり、急遽小原稿をまとめる事になった。お題は残念ながら(?!)「カワブチ、ヤメロ」ではなくて、昨日(31日)に行われたレッズ−バイエルン戦の事前記事。埼玉県版にのみ載る原稿らしい。しかし、どうして私に「田中達也対カーン」、「闘莉王対ポドルスキ」の原稿が回ってくるのか、最初は不思議だった。レッズの記事ならお手の物の方がいくらでもいるだろうに。
 と、やりとりをしていたら、ようやく理解できた。この花相撲の原稿を求められていたのではなかった。この花相撲にはさらに前座があり(言ってみればショッキリみたいなものだな)、何とそれが両クラブのOB戦。バイエルンOB対三菱−浦和レッズOB、と言う凄い試合、その原稿を求められていたのだ。これなら、私の仕事だな、登場人物も、三菱は大杉山、森、藤口などの大物がズラリ。一方のバイエルンもブレーメ、ジョルジーニョ、マガトら本格派がズラリ。そう思うと、何があっても見に行きたい試合だったのだが(本業都合で某地方都市にこもりきりなため、観戦の可能性はゼロだったのです)。 

 元々昔からサッカー協会の中核を牛耳っていたのは、三菱、古河、日立のOBたちで、80年代我々野次馬は散々「丸の内組」と揶揄していた。しかしながらこれらの会社が、選手を引退した後に協会幹部として活動してきた「彼ら」の給料を支払ってくれていたのは事実。つまり、これらの会社のおかげで今日の日本サッカー界の発展があるとも言えるのだ。最近、コメント欄でもしばしば、協会幹部の出身企業を問題視するご意見をいただいている。それはそれで、もっともなのだが、これらの企業の「正の貢献」も忘れてはいけないと言う事。
 が、日本サッカーを支えてきた「古河閥」が迷走している今、もう1つの「三菱閥」にかかる期待は非常に大きいものがあるだけに、このバイエルンOBとの試合で、幾多の「三菱OB]が参集する事は意味があったりして。
 ん?待てよ。一番効果があるのは、「古河電工」への抗議行動だったりして(以下自粛)...

 話題を戻します。ともあれ、「落合弘対K・H・ルムメニゲ」の全文を公開します。
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 1975年1月、日本サッカー界は興奮に包まれていた。前年のW杯で優勝した西ドイツ代表の主将フランツ・ベッケンバウアやエースストライカのゲルト・ミュラーがプレイするバイエルンミュンヘン(しかも前年の欧州チャンピオンズカップも制覇していた)が来日し、日本代表チームと戦ったからだ。当時の日本サッカー界のメーンイベントは、この試合のように海外の有名選手が所属するクラブチームを招聘し、その相手を日本代表が務める試合だった。ベッケンバウアやミュラーのプレイを実体験できる事に、日本のサッカーファンたち(当時はサポータと言う言葉は定着しなかった)は興奮を禁じえなかったのだ。
 対する日本代表チームには、当時の三菱、そう今の浦和レッズの選手が多数含まれていた。メキシコ五輪のスーパースターの杉山隆一は前シーズンに引退して不在だったが、主将をGKの横山謙三が務め、ボランチで全軍を率いたのが森孝慈、守備ラインには大仁邦彌、落合弘、そして最前線には藤口光紀と言った面々がいた。これら当時の三菱の代表選手たちは、選手引退後も長きに渡り日本サッカー界の中枢を担っていた訳だ。言い換えれば、バイエルンが過去30年以上に渡り西ドイツ(最近ではドイツ)サッカー界をリードしてきたのと同様に、三菱−浦和レッズと言うサッカークラブは、日本サッカー界を長期にわたりリードしてきたのだ。
 そして、その両チームの歴史の深さを一層感じる事ができるのが、前座試合として行われる両チームのOB戦だ。中でも注目したいのはバイエルンのカール・ハインツ・ルムメニゲと、浦和の落合の再対決。31年前の試合、ルムメニゲは若手ストライカで、日本戦でも得点を決めている(この時点で後にバロンドールを獲得し「ミスターヨーロッパ」と称される選手になるとは想像もできなかった)。一方、落合は70年代後半、三菱でも日本代表でも、MFあるいはDFとして粘り強いマークと巧妙な攻撃参加で大活躍した、日本サッカー史で深く語り継がれるべき英雄。31年前サイドバックとして起用された落合は、ルムメニゲをよくマークしながら、大胆な攻撃参加から幾度か好機を演出していた。
 この2人のスターが実に31年振りに同じピッチで戦う。お2人の現在の体調は知る由も無いが、サッカーと言う偉大なスポーツの壮大な歴史を愉しみたい。

投稿時間 2006年08月01日
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