blog武藤文雄のサッカー講釈

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■ 広告代理店否定論を憂いて

 疲労困憊で明日から本業への復帰をしなければならない。もうボロボロなのだけれども、人生でも屈指の悔しさを味わうなど、得難い経験をしてきたのだから、不満を行っては罰が当たるな。

 ざっと、ネットや各種マスコミの一般論を読んで、広告代理店への批判が高まっている事に驚いている。おそらくジーコがクロアチア戦後に、見苦しい言い訳として暑い昼間の試合が2試合続いたためだと、抜かしたのが起爆材になったのだろう。確かに「視聴率のために選手が犠牲になった」と言うのは、サッカー初心者にはわかりやすい理屈だ。

 私は訴えたい。「でも、それは違う。」
 
 サッカー強国になるためには、いつかワールドカップで優勝するためには、カネが必要なのだ。そして、サッカーと言う抽象的な概念に対して、自社の宣伝を媒体にする事で、カネを出してくれるスポンサがいかにありがたい事か。そして、そのようなスポンサを交通整理する広告代理店は、日本サッカーの発展には必要不可欠な存在なのだ。
 ほんの20年近く前を思い出してみればよい。JSLを観にいけば、十分面白いサッカーをやっていた。しかし、その面白いサッカーを多くの人々に伝えるためには、広告代理店を中心として積極的な販売活動を行い、Jリーグと言う別な商品にしたてる事が必要だったのだ。日本代表は、アジアでもトップに近い戦闘能力を持っていたにも関わらず、国立競技場で行われる重要な国際試合は閑散としたスタンドで行われていた。それを常時満員の会場で行われるようにするためには、「青」の商品価値、存在意義を存分に宣伝する必要があったのだ。
 サッカーと言うコンテンツは「素」でも十分に面白い。しかし、それを多くの方々にわかってもらうためには、広告宣伝と言う媒体が必要なのだ。そして、代表チームの宣伝を担当する会社と、Jリーグを担当する会社と、2つの広告代理店の活躍があって、この日の日本サッカー界の発展がある事を忘れてはいけない(この2社の微妙な競合関係が状況をややこしくしているのだが、それはそれとして)。

 さらに言えば、日本のワールドカップの試合を、日本にいる多くの人々が常識的な時間(22時開始)で生中継で愉しめる事の方が、現場が暑い想いをするよりも重要と言う理屈も通るのだ。22時ならば皆観られる、午前4時開始ならば、(我々のような)物好きしか観られない。どちらが重要かは、簡単に結論が出る問題ではないのだ。
 このワールドカップに限らず、敵地での親善試合がしばしば日本の視聴者に便利な時間に行われ、結果的に現地のスタンドの入りが悪くなり「真のアウェイ経験を選手たちが味わえない」事を批判する文章を目にしてきた。私はそのような文章を読むと複雑な気持ちになっていた。「事の成否はさておき、日本のスポンサのカネ、及び日本の一般人がそのスポンサに出すカネ、それらがいかに重要な事か」と。
 もちろん、今日の日本サッカー界の興隆は、それらのカネが本質ではない。100年にもなろうかと言う日本サッカー界の歴史の積上げを受け、特に60年代後半以降日本中のサッカーおじさんが地域の少年団を育て分厚いピラミッド構造を作り上げた事そのものが本質である。
 その分厚いピラミッド構造を、一層活かすためには、広告代理店の活躍及びスポンサの存在が非常に大きいと言う事だ。
 おそらく、「広告代理店及びスポンサを重視しよう」と言う私の発言には、経済基盤の弱いJクラブのサポータの方であれば、より賛同いただけると思う。とにかくカネがなければ始まらない事もあるのだ。

 一連の議論とは別に、「ここ10年くらい日本サッカーの強みの1つに、体調管理の難しい暑い試合を適切なコンディショニングで臨む事で優位に闘うのは常識的な話だったのだが、今回は...」と言う話があるが、これは別な機会に。

 しかし、残念ながら広告代理店の方々は「サッカー人」ではない。したがって、時々サッカーの本質を外した提案、要求をしてくる訳だ。例えば、大事なワールドカップ本大会前の練習を集中した環境で行えないような提案とか、大事なインタナショナルマッチデイに行われる欧州での強化試合があるにも関わらず国内で行われる花相撲を優先して欲しいとか。
 誤解されては困るが、もちろんそれぞれの代理店の個別の担当者の方はサッカーの魅力を十分に理解した「サッカー人」なのかもしれない。しかし、企業の論理(利益の追求)はどうしても短期的なものになりがちであり、「サッカーの本質」を外したものになるリスクがあると言う事だ。

 それを是正するのは「サッカー人」の仕事である。
 具体的には日本協会であり、Jリーグ当局である。上記の理不尽な要求をキッパリ断れば済む事だったのだ。ところが、このような悲しい事態になってしまったのは、肝心の「サッカー人」側がぐらついていた事が問題だったのだ。彼ら(広告代理店)の問題ではなく、我々(サッカー人)の問題だったのだ。

 だから「今回の責任を取って『今回の協会関係者』は皆クビだ!」と言いたくなる気持ちもわからずでもない。けれども、物事はそう単純でもないのだな。それについては明日以降。

投稿時間 2006年06月30日
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