blog武藤文雄のサッカー講釈

11月
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30

  過去の記事
  

  カテゴリー
  日記
講釈本編

日本代表
五輪
若年層
Jリーグ
女子
サッカー一般
海外
歴史
底辺
マスコミ
サッカー外

  ブックマーク
  武藤文雄のサッカー講釈
メインページです
blogトップ
blogトップに戻ります
日記バックナンバ
blogに移植中ですが時間がかかりそうなので、当面こちらからどうぞ

     検索


  

  Powerd by
  News Handler

■ 史上最高の9番

 先日のベッカムに続き、ロナウドまでがレアル・マドリーを去る事になった。一連の「銀河系政策」が終わりを告げたと言う事だろう。50年前とは時代が異なっていたのか、人材選考が悪かったのかはさておき、長期的観点からは「正常化」と言う言葉でくくられるのだろうか。私は過去も述べたが、「銀河系政策」には否定的な論陣を張ってきた。もっとも「銀河系政策」に関しては、2002年12月のトヨタカップで少々食あたりを起こしそうな脂っこさではあったが、非常に美しいパスワークを堪能できたのだから文句を言ってはバチがあたるかもしれないが。 
 ともあれ、ロナウドはサンチャゴ・ベルベナウを去り、サン・シーロに復帰する。今度は青黒ではなく、赤黒になるのだが。

 で、今日の本題はロナウドについて。 私は、「この選手は史上最高のセンタフォワードではないか」と思ったりするのだ。
 あの98年の爆発的なドリブルシュート。力強さ、スピード、技巧が全てバランスが取れた美しさ。そして、その爆発ドリブルで抜け出し、シュートを打つ直前の丁寧で正確極まりないボール扱い、強く低くゴールに流し込まれる軌道の見事さ(準決勝で、その若きロナウドを阻止したダヴィッツの歴史的なスライディングタックルも忘れ難いが)。そして、謎の決勝直前の体調不順。
 続く02年、1次リーグの序盤のグダグダ振り。1/16ファイナルのベルギー戦、狙い通りの見事なサッカーを見せるベルギー(あの神戸の試合、私はこのままベルギーが押し切ってブラジルが脱落すれば、「日本が決勝進出できる可能性が格段に高まる!!!!」と興奮を禁じ得なかったのだが(笑))に苦戦するブラジル。しかし、リバウドの信じ難いバックボレー。そして、ロナウドの冷静な一撃。そこから、フェリペブラジルの快進撃が始まる。イングランドをリバウド、ロナウジーニョの2得点で下して迎えた準決勝。トルコの分厚い守備に苦戦するブラジル、そして速攻から「左」サイドをロナウドが突破する、しかしロナウドに対峙するのは、この日(と8日前の日本戦で)大当たりしていたトルコGKリュストゥ。切り返して得意の右に持ち帰るスペースはトルコ守備陣が与えてくれていない。一方、不得手な左足でのシュートでは、リュストゥを破るのは難しそう。と、トルコゴール裏で見ていた私が考えた瞬間、ロナウドは信じ難いアイデアを発揮した。ドリブルで持ち上がりながら、利き足の右でトーキックでシュートしたのだ。全くタイミングを逸したリュストゥには防ぎようがなかった。何と言うアイデアなのだ。その後の決勝、ロナウドは(この決勝戦に進出するまで完璧なセービングを見せていた)名GKカーンの信じ難いファンブルを詰める事で、母国に5度目の栄冠を提供し、得点王も獲得する。同じ年の12月に再びトヨタカップで来日、先制点を決めた時のボール扱いの正確さも凄かった。
 加えて、今回の06年。ロナウドは「太ってしまってダメだ」「アドリアーノとロビーニョの2トップが最も有効」など、多くの意見が飛び交った。その意見にしたがって、日本戦にはロナウドを外してくれればよかったのに。日本が1−0とリードしていた前半終了間際、ロナウジーニョが(日本から見て)左サイドに進出してきたシシーニョに鮮やかなクロスパス。ロナウドをマークしていた中澤が、一瞬(そう、ほんの一瞬だった)シシーニョの方を向いた瞬間、ロナウドは1、2歩後方に下がり、フリーになる。中澤が振り向いた時は遅かった。あの試合のハーフタイム、幾度と無くドルトムントのオーロラビジョンに流されたあの同点劇、「しまった、やられた!」と言う中澤の悔しそうな表情が忘れられない。続く1/16ファイナルのガーナ戦。開始早々にオフサイドトラップを破り抜け出した際も心憎いばかりのボール扱いで「ワールドカップ最多得点」を決めた(この日の前半、全く同じように抜け出したアドリアーノが僅かなボール扱いのブレにより得点を決められなかったのが印象的だった)。

 色々なパタンで点を取る事のできる能力も見事だが、長きに渡って活躍してきたところも凄い。94年のワールドカップの時はまだ見習い。96年のアトランタ五輪で交代出場してきた「ロナウジーニョ」時代は、松田直樹と互角の戦いを演じていた。しかし、それ以降ガガーンと凄い選手になり、97年のロマーリオとのコンビが確立した頃には、早くも「世界最高」の雰囲気を漂わせていた。その時以降10年近くの長きに渡り、ロナウドは「世界最高」のストライカだったのだ。ゲルト・ミュラーも、パオロ・ロッシも、ガリー・リネカーも、ティエリ・アンリも、そしてマルコ・ファン・バステンも、ここまで長期に渡って活躍を継続できなかった。それぞれ負傷あり、八百長事件の連座疑惑あり、疲労による引退表明あり、など事情はまちまちだったのだが。しいて言えば、ガブリエル・バティストゥータが近い印象があるかな。
 ただ個人的には、ロナウドよりはバティストゥータの方がずっと好きなのだけれども(あのトゥルーズで川口がやられたチップキックをどう文章化すればよいのか)、でもワールドカップの「ここぞ」と言う場面で、得点を決めているロナウドの「怪物」振りは認めざるを得ないかなと。

 だけどさ、中村俊輔よ。あのドルトムントの悔しさを、ここで晴らさずにどうするよ。

投稿時間 2007年02月02日
コメント(14)  Track back(0)