競技規則第12条は「ファウルと不正行為」中の「退場となる反則」の第5項。全文を書き下す。
「フリーキックあるいはペナルティキックとなる反則で、ゴールに向かっている相手競技者の決定的な得点の機会を阻止する。」
ちなみに、元の英文にも当たったが、上記の日本語訳はほぼ妥当と考えてよいようだ。
おそらく、岡田主審はこの条項により、結城を退場にしたのだと思う。確かにJリーグでは、この条項を金科玉条のごとく運用しており、犠牲者は過去も幾星霜。結城もまた、その犠牲者リストに名を連ねる事になった訳だ。私はこの条項には、規則そのものの文章にも問題があると考えているし、Jリーグの運用にも問題があると考えている。
以下は、本条項が明確になってきた経緯の推定である。
元々この条項が明確になった経緯は、80年代の「決定機を阻止した反則に対する刑罰が軽微なのではないか」と言う議論から来ている。その典型的なプレイは、86年ワールドカップの「史上最高の試合」ブラジル−フランスの延長戦に訪れたプレイ。プラティニのロングパスから抜け出したべローンが完全にGKカルロスと1対1、ペナルティエリアやや外側でベローンがカルロスを抜きかけた瞬間に、カルロスがべローンを思い切り横から押した。べローンは倒れないように頑張ったが、最後バランスを崩し、シュートに持ち込めなかった。
ところが主審は、べローンが頑張ったためにオブストラクションを取り、笛は吹かず。カルロスには警告も出なかった(ちなみのそのボールを奪ったブラジルが、見事な逆襲速攻、最後ソクラテスがゴール前で完全にフリーになる決定機を掴むが、疲労困憊したソクラテスが空振りする、と言う名場面に続く)。
当時のルールとしては、この主審の判定は必ずしも間違いではなかった。もちろん、カルロスを退場にして直接FKとなっても間違いではなかった(そうなると、交代枠を使い切っていたブラジルは、誰かフィールドプレイヤをGKにしなければならなかった!)。このあたりは、ある意味で主審の裁量内の事とも言えるので、この場で事の是非を議論するつもりはないが、「いくらなんでも、あれだけのファウルを看過するのはいかがか」と言う事で、所謂「決定機を阻止するプロフェッショナルファウル」に対して厳罰を処する方向にルールが明文化されてきたものだと理解している。
もう1つの背景に、FIFAがサッカーの人気が今一歩だが、経済的に魅力の高い市場である合衆国と日本にサッカーを定着させるために、ルールを「少しでも得点が入りやすくする」方向に、改定(多くのケースでは改悪)する傾向が強い事も、本条項設定に影響しかもしれない(私は、ここのところ再三繰り返されるオフサイドルールの改定も、同様な理由と捉えてる)。
本条項の問題を以下列記する。
(1)ペナルティエリアの外か内か(PKか直接FKか)
上記カルロスの大反則ほどではないが、このままFWが完全にフリーで抜け出し、体勢もいいのでGKを抜いて得点を決める可能性が高い場面で、明らかな反則でその決定機が防がれたとしよう。
それがペナルティエリア外だった場合、これを警告に止めてしまうと、攻撃側が損をした印象が非常に強くなる。「反則しても止めた方がよい」と言う印象になってしまう。したがって、退場処分は妥当に思える。
ところが、その反則がペナルティエリア内だったらどうだろう。PKが攻撃側に与えられる。そうなると、反則した方が相当厳しい処罰となるので、警告止まりでも攻撃側が損した印象はないはずだ。いや、PKの場合は警告がなくても、それほど違和感が無いくらいかもしれない。一方で、PKに加えて退場処分が加わると、守備側には相当過酷な判定と言う印象になる。
たとえば、今年のチャンピオンズリーグ決勝の、アーセナルGKレーマンの退場劇。あの反則がなければ、バルセロナが得点した可能性は濃厚だっただけに、何ともレーマンには気の毒に思えたが、まあ仕方がないかなと言う印象だった。今回の結城の退場が「えー、警告でいいじゃないか」と言うのとはえらい違いだ。
そう、印象的には、直接FK止まり(ペナルティエリア外)ならば退場は妥当に思え、PK(ペナルティエリア内)ならば退場は過酷に思えるものなのだ。と言って、「PKならば罰を軽くして、FKならば重くする」と言うのも難しいんだよな。
(2)故意か、故意ではないか
さらに、本条項では、その反則が故意か故意ではないかについては言及していない。したがって、本条項の反則を犯せば、故意ではない反則でも退場処分になる。FKだろうが、PKだろうが、その反則が上記のカルロスのように、明らかに故意ならば、退場になる事に違和感はない。
どんな守備者だって、PKなりFKにならないように、敵がキープしているボールへのタックルを狙っている。しかし、攻撃側が一枚上手で、結果的にファウルをしてしまう事があるのは、サッカーでは常識なのだ。そして、それにより守備側はPKなりFKの提供の罰を受ける。ところが、本規則を適用されると、最善を尽くして必死に自陣を守ろうとした結果、故意ではない反則でPKと言う厳罰のみならず、退場と言う2重厳罰を受けてしまう事になる。
98年フランスワールドカップの名場面。準決勝のブラジル−オランダ戦。1−0でリードしていたブラジル、ロナウドがリバウドのパスから抜け出しGKと1対1になって正にシュートを打とうとした。そのロナウドに追いすがったダービッツ。後方からスライディングタックル、タックルは見事にボールを捉え、ダービッツはロナウドを止める事に成功した。ボールを狙ったタックルが外れる事はあるのだから、もしダービッツのタックルがボールを捉える事ができなかったら当然PKになったはず。では、もしそうなったら、ダービッツは退場となるべきだったのか。
故意でないギリギリのタックルへの許容は、美しい場面を演出するはずなのだ。
以上を表にまとめると、下記になる。それにしても上記(1)、(2)を考えると、実に微妙な規則である事がわかる。
| 外か内か | 故意か否か | 私の印象 | 事例 |
|---|---|---|---|
| PK | 故意でない | 警告くらいでいいじゃない | 結城 |
| PK | 故意 | 退場しかないな | 滅多にない |
| FK | 故意でない | 退場は気の毒だが仕方ない | レーマン |
| FK | 故意 | 絶対退場だ! | カルロス |
さらに事態を難しくする問題がある。
(3)決定的な場面になっているか、そうではないか
次に反則時に「決定的な得点の機会」だったか否かと言う問題も難しい。例のワシントン対結城の場面にしても、結城が反則になるまで粘らなかったとして、ワシントンがGKを破るだけの技巧を発揮する空間や時間があったかとなると、結構微妙なところだった。また、ワシントンは非常にシュートの巧い選手だが、全く同じような場面でもっとシュートが下手な選手だったらば、どう考えるべきなのか。何をもって「決定的」と判断されるのか。
一方で、FIFAはギリギリのところで、「決定的」と言うあいまいな表現を残す事で、判定の権限を主審に託す事にしたのではないかとも邪推できる。上記のレーマンの不運のように、「あの反則がなければ点は入らなかったな」と言う場面以外は、「『決定的』でないから、退場にしなくてよい」と言う理屈を残したのではないかと思うのだ。大体、他国のトップリーグで、本条項を適用しPK&退場となる判定と言うのは、あまり記憶がないのだ。
ところが、せっかくのFIFAが提供してくれた「あいまいさ」を理解せずに、杓子定規にバリバリと退場させてしまう方針にしている日本の審判委員会の運用に問題があるように思うのは私だけだろうか。
