blog武藤文雄のサッカー講釈

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■ 野球の敗退は大事件ではないのか

 私の感覚からすると、五輪でフル代表チームの野球が豪州に敗れたと言うのは、我が国にとって驚天動地の屈辱であり、野球界の根底を覆す大事件ではないかと思うのだが、どうもそうではないらしい。選手たちは無事?帰国し、単独チームでの試合に復帰し始めているし、現場監督の重責を担った中畑氏に対して(サッカー五輪監督の山本氏に対して頻出している)「人格否定」までの厳しい批判もあまり聞かれない(もっとも、ほとんどのファンは、中畑氏に対する期待など最初から全く持っていなかったのかもしれないが)。さらに驚いたのは、銅メダルに終わった事にさえ「よくやった」的な報道がある事。さらに一部の選手に至っては「最低限の仕事はできた」との発言(サッカーの日本代表選手が格下の代表チームに敗れた後、その種の発言をしたとしたら大変な事になるだろう(笑))。
 私などは単なるサッカー狂に過ぎないから、野球が負けたとしても「だからケシカラン」と言うつもりはない。「もう少しやりようがあったのではないか」と思う程度だ。しかし、野球の熱心なファンの方々は、このような現況に我慢できるのだろうか。

 以下は邪推である。
 おそらく、スポーツとしての成り立ちそのものが野球とサッカーでは根底から異なっているのではないか。
 考えてみれば日本サッカー界は昔から「日本代表が勝った、負けた」と大騒ぎし、他国との相対関係に一喜一憂する日々を送ってきた。そして、日本代表強化のために、強国である先達(欧州だったり南米だったり韓国だったり)に学び続けてきた。結果として、日本代表をピラミッドの頂点に、日本中津々浦々に少年サッカーを普及させる分厚い強化システムを作り上げ、ようやくの事世界の列強と伍する実力をつけてきた(だから、たとえ相手がイタリアやパラグアイのような強豪だろうが、負ければ本当に悔しくて悔しくて仕方が無いのだ)。
 代表チームだけではない。日本サッカー界は、組織化された欧州のプロリーグやクラブ運営などを熱心に吸収してきた。それにより先進国同様に、多くの人がサッカーそのものを蹴ったり観たり語ったりする事で愉しめるからだ。結果的に、現在の日本サッカー界は、女性や子供でも安心してサッカーを愉しめる環境、日本代表やJリーグのチームを敵地まで追いかけて熱心に応援するサポータ、日本中で行われるフットサルや草サッカーなど、様々な側面でサッカーを普及させる事に成功している。
 つまり、日本サッカー界は、あらかじめ壮大な目標、つまり「日本代表の強化、そのためのサッカーの普及」と言うわかりやすい方向性が共通認識としてあるのだ。だから、議論は目的ではなく、方法論に絞る事ができる。「監督はジーコ氏でよいのか」、「Jリーグと代表強化の兼ね合いはどうすべきか」、「女子サッカーの普及をどうしたらよいか」、「少年サッカーのあるべき姿は」などの議論も、意見は百出でまとまりはしないかもしれないが、最終目標は明確なのだ。

 ところが、野球はサッカーと比較して普及の度合いも歴史も深いためか、目標そのものがハッキリしないのだろう。昔、正力松太郎氏が語ったと言う「日米決戦の勝利」は少なくとも、現時点での野球界の目標になっているようには思えない。話は飛ぶが、昨今のプロ野球合併問題にしても、「どの方向に進むべきか」が全くないところで、合併の是非、リーグ統合の良し悪し、選手会の立場、アマ球界とプロ球界の関係など、方法論の議論になるので隘路に嵌ってしまう。少なくとも、意見を言う前に「自らが考える目標」も発言すべきだと思うのだが。
 今回の野球の代表チームが「優勝を目指していた」事は確かだ。一部の選手たちが感じていたプレッシャは相当なものだったようだし(例えば、一塁へのヘッドスライディングは、巧くない方法だと言うのは子供だって知っている事だ)。しかし、野球界そのものが、どちらに行くべきかの結論や方向性が出ていない以上、代表チームの位置づけが曖昧なものになるのは仕方が無い事なのだろう。

 ただし、私はだから「サッカーが野球より優れている」と言う気は毛頭ない。目標が明確であれば行動はしやすい事は確かだが、目標が不明確であるのはそれだけ物事が成熟していると言う事でもある。また、サッカー関係者が皆共通の目標のみを考えているのが本当に健全なのかも、よくわからない。ただ、たまに野球の事を考えてみるのも、サッカーの役に立つかなと想い考察した次第。

投稿時間 2004年08月28日
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