blog武藤文雄のサッカー講釈

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■ 遂行されそうな愚行

 以前も厳しく批判したが、どうやら日本協会は冗談ではなく、過去30年間で最悪の愚行を実施しようとしているようだ。この施策がいかに拙いものかは、以前のエントリで書いたので、ここでは少しシミュレーションをしてみる事にする。

 この愚策が具体化し始める。そのうちU−1Xの代表に、そのチーム?から選手が選ばれる。他チームから「その選考が疑問だ」とクレームがついたら、日本協会はどう釈明するのか。現実的に、各年齢層の代表に選ばれる事は、その選手の市場価値を上げるのみならず、所属クラブの市場価値も高める。つまり誰が選ばれるかについては、選手もクラブもカネがかかっている問題なのだ。しかし、従来誰も文句を言わなかった(言わなかったのではないな、表ざたにあまりならなかっただけだな)のは、選考する日本協会が一応「客観的」な立場にあったからだ。しかし、その日本協会が自ら「単独クラブ」に出資していては、客観性もへったくれもあったものではないではないか。この愚策実施以降は「表ざたにならない」訳がない、どこかで誰かがプッツンくれば、もうマスコミが大騒ぎするのは間違いないではないか。
 元々、代表選手の選考基準と言うものは、極めて主観的なものである。よほど優れた人材ならばどの監督でも選ぶだろうが、当落線上の選手どう選考するかは監督の好み(好みと言う表現が悪ければ、識見と言う言葉を使ってもいいが)と言う事になる。また若年層の場合は、将来の伸び代をどう読むかと言う、これまた非常に定量化しづらい基準も入ってくる。
 この問題は、各県の国体代表選手を選考する際には、常に問題になる事であり、ここ何年も各県協会が非常に神経を使って運営してきた事だ。つまり、日本協会だって、若年層の選抜がいかに神経を使うものか、理解しているはずなのだが。

 誤解されては困るが、私はこう言った代表、選抜選考が、「公平」、「客観的」に従来行われてきた、今後行われて欲しい、などと、単純なキレイ事を言う気はない。上記したように、「公平」、「客観的」に行われる事自体が、非常に難しい話なのだし。
 しかし、誰もが「公平でない」、「客観的でない」と言う仕組みになるのは、拙いと言っているのだ。
 加えて、以前のエントリでも述べたように、この愚策で本当によい選手の育成が成功するとも思っていないのも確かだが。

 スポーツ新聞ならさておき、サッカー商業誌は、何故この愚策の実施を批判しないのだろうか。
 頼むよ、エル・ゴラッソ!

投稿時間 2005年03月08日
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