blog武藤文雄のサッカー講釈

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■ 決勝を前に

 いよいよ明朝(日本時間)は決勝戦。やはり興奮を禁じえない。ここまでの列強同士の激闘はもちろんだが、日本の負けっぷりを改めて思い起こし、この1ヶ月の右往左往が頭の中を行き来する。いやそれだけではない。この4年間、カンナバーロとプッツォンが、テュランとジダンが、どのような思いでこの日を迎えたのかを想像するのも、また愉しい。
 まあ陳腐な言い方になるが、イタリアが勝つような気がしている。それも2点差くらいで。(過去も再三述べているが、私の予想は外れる事が多いのだけれども)。
 まず、中心選手の年齢。特に大黒柱のジダンとテュランの年齢が厳しい。ブラジル戦、ポルトガル戦と見事な集中を見せたお2人だが、肉体的な疲労もあろうが、精神的に3試合あの最高度の集中が続くかどうか。さらに悪い事に、お2人とも既に8年前に世界チャンピオンの栄冠を手にしている。決勝進出を果たしたところで、誇りは存分に満たされてしまっているのではないか。
 次に双方の守備力の微妙な差。フランスは守りに入ったときの守備は相当だが、イタリアは攻めに出ている時の逆襲に対する守備も相当。つまり、イタリアは「勝負をかける」時間帯でも、フランスに比べリスクが小さいと思われるのだ。
 そうこう考えると、前半終盤なり後半序盤なりに、フランスが一息ついたくらいで、イタリアが攻めに人をかけピルロの展開あたりからイタリアが先制。ジダンを中心に猛攻をしかけるフランスに対し、逆襲からザンブロッタなりグロッソがえぐってもう一撃で2−0、と言うのが私の予想。
 
 予想はさておき、期待したい事がある。それは、ギリギリまで勝負の動向がわからないような攻防になる事への期待だ。70年以降のワールドカップの決勝戦の歴史を振り返ると、案外と戦闘能力で優位にある国がそのまま勝ちきってしまう試合が多い。そうでなかった試合は、74年(西ドイツ2−1オランダ)、78年(アルゼンチン3−1(延長)オランダ)、94年(ブラジル0−0(PK勝ち)イタリア)くらいのもの。得点差が競った86年(アルゼンチン3−2西ドイツ)にしても90年(西ドイツ1−0アルゼンチン)にしても、内容的には競り合ったとは言い難いものだった。それ以外の試合は推して知るべし。どうせならば、70年(ブラジル4−1イタリア)のように、勝つ方が「歴史的」チームならばさておき。
 そう考えると、「フランスが先制した方が面白いかな」でも「カンナバーロの歓喜を見たいな」などと甚だ無責任な思いが出てきたりして。まあ、ただの野次馬のたわ言だな。

 いつか死ぬまでにこの瞬間を「野次馬としてではなく」迎えたいと、ようやく真剣に考える事ができるようになってきたここ数年。でも、まだまだ、その時は訪れないであろう事はよくわかっている。いや、自分が死ぬ時までには無理かな。坊主が「俺が死ぬまでに」と吠えていたが、そこまでの夢は坊主に託すのが正解かな、などと思いつつ、明日の早起きに思いをはせるのも、また愉しい。

投稿時間 2006年07月09日
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