スコットランド戦と言えば、95年のキリンカップ以来。当時は、前年末のアジア大会で韓国に敗れた事で、ファルカン氏が更迭されたのを受けて就任した加茂氏が率いるチームがまだ落ち着いていない状態だった。サウジで行われたインタコンチネンタル選手権(現在のコンフェデの前身の大会)で、ナイジェリアとアルゼンチンに惨敗。香港で行われたダイナスティカップで優勝はしたものの、決勝では、実質的なB代表の韓国に右往左往した末かろうじてPK戦で振り切ると言った按配。
そうして迎えたスコットランド戦だったが、雨中の試合、スコットランドに退場者が出たが日本は攻めあぐみ、結局0−0で終わった試合だった。私の感覚からすれば、ホームとは言え欧州の強豪の一角のスコットランドに引き分けたのだから悪くないと思ったのだが、その後の報道を見てビックリ。勝ちきれなかった事に非難轟々だったのだから。スコットランドに勝てなくて文句を言われる時代になったのだ!
ところが、同じキリンカップの次の試合のエクアドル戦では、スコットランド戦まで出場していたラモスを外す事で中盤の組織的なプレスがよく決るようになり、中山の一撃とカズの2PKで3−0と快勝した。そして、この勝利がウェンブレイでのイングランド戦での大健闘につながる。言い換えれば、11年前のスコットランド戦は、日本代表にとって実質的なラモスとの別離が決定的になった試合とも言える(そのあたりの気配りが絶妙な加茂氏は、その後8月に行われた国立ブラジル戦にラモスを起用、代表引退の花道を準備した)。
そもそも、スコットランドはワールドカップの常連国。74年から90年まで5大会連続出場している。いずれの大会も2次リーグ進出に失敗しているのだが、ほとんどの大会で勝ち点ではなく得失点差あるいは総得点数などで涙を飲んでいるのが特徴。予選を勝ち抜き本大会に登場し、それなりに勝つのだがリーグ戦をまとめきれずに涙を飲む事を繰り返しているのだ。
特に70年代は、ビリー・ブレムナや、アーチー・ゲミルなど、160cm代と小柄ながら、抜群の技巧と豊富な運動量で試合を組立てるMFを軸に、明らかにイングランドより強かった。おーそうだ、阿部や今野がこの2人のVTRを見るのはきっと刺激になるだろう。
スコットランドと言えば、あの愉しそうなサポータがまた印象的。ワールドカップの度に、濃紺のユニフォームに民族衣装のスカートをまとったむくつけき男たちが、大量に出没し試合前後にどんちゃん騒ぎを繰り返す。ただし、彼らはイングランドのフーリガンが周囲に恐怖感を味あわせていた頃も、横で見ていても恐ろしくはなかった。スコットランドと言う独特の立場を、サッカーと言う場あるいはワールドカップと言う場で愉しんでいたのだろう。そのような意味では、彼らの海を隔てた隣国のエールのサポータにも通じるものがある。ただし、濃紺のナショナルチームは、緑のナショナルチームと異なり、ワールドカップ本大会での勝負弱さには定評があるのだが。
98年、フランスに到着した翌朝、同じホテルに泊まっていた濃紺のサポータ達が聞いてきた。「おー、日本人か、どこと試合するのだ?」と尋ねるので、私が「明日アルゼンチンとやる、必ず勝ってみせる」と言うと、全員で一斉に笑い出した。「うん、うん、がんばりなさい」と。
私は心底嬉しかった。ついに俺達はスコットランドのサポータ達に笑われるポジションにまで成長したのだと。
