blog武藤文雄のサッカー講釈

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■ ハジと俊輔

 本当かどうかは怪しい情報だが、何とも愉しい話だ。

 ハジが中村を評価している。
 
 それだけで私は嬉しい。強引に読み取れば、あの東欧の傲慢極まりないファンタジスタが、我らが極東の繊細極まりないファンタジスタを、己の後継者と見立てていると考えられなくもないではないか。以前から私は、中村はハジを目指すべきだと考えてきた。友人がまとめてくれた文章だが、こんな妄想を語り合った事もある。

 ただ改めてこの東欧の偉大な天才と比較してみると、中村が本当のワールドクラスのファンタジスタになるために、不足しているものが見えてくるようにも思える。はっきり言おう。中村に足りないものは傲岸不遜さではないか。
 私がハジを認識したのは90年ワールドカップだったが、なかなか生ハジを見る機会がなかった。ようやく、その願いが叶ったのは98年フランス大会のルーマニア−コロンビア戦。90年代を代表するファンタジスタ、ハジとバルデラマがそれぞれいささかお年を召しながらも、主将として自国を率いての対戦だった。以前も述べた事があるが、その試合のハジは味方が攻撃している時は右サイドバック、味方が守備に入った時は右ウィングに位置取りしていた。つまり全く動いていなかったのだ。それでも、肝心の場面でノタノタと登場して完璧なラストパスを再三通していた。イリエの決勝ゴールもハジの展開からのものだった。他の10人がハジのために献身する事を厭わず、ハジもその献身に応えてここぞと言う時に大仕事をする、見事な信頼関係ではないか。
 ひるがえって、中村はどうか。日本代表でもレッジーナでも、中村のプレイは真面目すぎるように思える。敵が怖いのは中村の守備ではない。フリーで前を向いて、シュートでもロングパスでもドリブル突破でも、中村の攻撃が怖いのだ。イラン戦、ジーコ氏の采配にも問題は無数にあるが、中村がマハダビキアのマークに専心している事そのものが間違っている。
 よく中村はトップ下のポジションを希望していると言われている。しかし、問題はポジションではないと想う。中村が希望すべきなのは、どこのポジションだろうが、自由奔放な攻撃を行う事なのではなかろうか。

 と考えると、今回の報道が実現するのを望みたくなる。中村が真のトッププレイヤになるためには、ジーコ氏のような真面目なファンタジスタよりも、ハジ氏のような危ないファンタジスタの直接指導が有効なのではないかと思えてくるのだ。

投稿時間 2005年04月21日
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