明日はブルガリア戦。ワールドカップまであと1ヶ月、もう少し、マスコミも盛り上がってくれてもよいと思うのだが、もう1つ注目が集まっていない。中田や中村ら海外クラブ所属選手が不在のためなのか、ジーコ氏の選手起用と親善試合での采配の緊張の無さのためなのか、1ヶ月後の本番と比較すれば親善試合は興味を引かないのか、それともサッカーそのものの人気に蔭りがあるためなのか、いずれなのかはよくわからないのだが。
とは言え、明日はブルガリアをホームに迎える。ブルガリアとの国際試合は、1976年2月以来。直前に迫ったモントリオール五輪予選の準備試合として、国立で2試合、そして明日の会場の長居でも1試合が行われた。長居の試合では、当時のブルガリアの大エースフリスト・ボネフに先制されたものの、松永章の得点で1−1の同点にする事に成功した。これは当時の日本の戦闘能力を考慮すれば大健闘。ベストに近いメンバで来日した欧州の中堅どころのナショナルチームと引き分けたのだから(国立での残り2試合は、1−3、0−3で完敗)。
当時のエース、フリスト・ボネフは中盤でボールをさばいた後、自ら最前線に競りあがり得点を決めるスーパースター。1年半前の西ドイツワールドカップでブルガリアは、オランダ、スウェーデン、ウルグアイと同じと言う非常に難しいグループに入った。当時、ワールドカップ出場については常連だったブルガリアだったが、本大会は未勝利、この大会でも2分け1敗で、1次リーグ落ちとなった。その1敗は、クライフオランダに1−4とチンチンにされたものだった。もっとも、この試合、ボネフは角度のないFKをバーに当てるなど、充実したプレイを見せていたが。
西ドイツワールドカップから32年、ブルガリアの来日から30年、当方がワールドカップに出場し、先方が不出場する状況など、当時は思ってもいなかったが。
さて、もう1人のフリスト、ストイチコフ先生。今回は監督としてのご来日だ。こちらは、ボネフよりもさらに個性的なのは皆様ご存知の通り。
90年イタリアワールドカップ直後に、クライフ監督率いるバルセロナが来日し、JSLリーグ選抜と戦った。私のストイチコフ体験はその時が最初、がっちりした身体つきながら鋭い技巧を見せるプレイ振りに、さすがにクライフ氏が獲得した補強選手だと感心した。その後、92年にトヨタカップに出場した時は、既に高名なトップスターになっていたが、サンパウロから奪った先制点の強さと精度には、改めて感心させれた。そして、94年ワールドカップ、初戦にナイジェリアに完敗した時はどうなる事かと思ったが、ギリシャに対しブルガリアサッカー史に残るワールドカップ初勝利を上げて、すっかり調子に乗る。ディエゴがドーピング検出で大会から追放された手負いのアルゼンチンにも完勝し、トーナメントでもメキシコをPKで振り切る。そして、今日でも話題になる西ドイツ戦、ストイチコフは鮮やかな一撃をフリーキックから決め、母国をベスト4に導くと共に、大会得点王がを獲得した。
2人のフリストが印象的なブルガリア、明日はどのようなプレイを見せてくれるのだろうか。
