blog武藤文雄のサッカー講釈

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■ 五輪代表集中強化案を悲しむ

 昨日、「韓国の不振にかこつけた我が国の集中強化策前面押し出し」に懸念を表明したが、どうやら韓国の不振察知より前に、五輪代表2ヶ月集中強化と言う暴論が検討されているらしい。どうにもこうにも、最近本業が忙しく、各種のサッカーニュースをフォローできずにいるのだが、(私が懸念を表明するよりも)随分前から平田氏が意思表示をしていたようだ。間抜けな計画極まれり。

 ジーコ氏にしても、山本氏にしても、トルシェ氏にしても(笑)、どうしてこう手元に選手を集めたがるのか。ライオンはネズミをしとめるのにもベストを尽くすと言うが、ベストにも尽くし方があるだろう。このようなメリハリのない強化をしていると、肝心のワールドカップ最終予選や本大会に存分に力を発揮できない事を恐れる。何故ならば、たかが五輪予選に全知全霊をかけるのは、ワールドカップで勝つために、悪い効果を生むリスクがあると思うからだ。
 五輪代表選手たちは、トッププロの選手であり、1年間のシーズンを戦い抜く事で、我々には望み得ない高収入を得ようとする。シーズン開始前の鍛錬、シーズン中の浮き沈みの中のコンディション維持、若い選手はその中で個人能力を伸ばしさらなる栄誉と高収入を目指す。各種代表チームへの選考は、彼らにとってステップアップのチャンスでもあるが、同時に定常的な自チームでの戦いからの逸脱となる。戦士たちは、その微妙なバランスを取りながら、彼らに高収入を与えてくれるチームとそのサポータのために戦い、かつ全国民に歓びを提供しようとする。
 2ヶ月の自チームへの不在は、その彼らの収入増への戦いの根底を否定するものだ。プロチームの経営は慈善事業ではない。営利事業なのだから、年間の1/6不在となる人材への期待は薄くなって当然だ。特に金銭的に裕福でないチームは、そのような選手の雇用をあきらめる事さえ、考えるだろう。つまり、選手にとって「選ばれる事」が幸福でなくなる危険性が出てくるではないか。
 無論、そのような事を挙国一致であきらめる事が必要な状況もあるだろう。最近では、97年フランス大会最終予選、突然決定した5チームのホーム&アウェイ総当たり戦のために、代表選手抜きでJリーグが行われたケースが思い当たる。当時、代表選手を供出してくれた各チームには、感謝の言葉もないが、あれだけの大事ならば、供出サイドも納得できたのだろう。しかし、それはあくまでもワールドカップ予選だからだ、たかが五輪予選にそのような事をしては、絶対にいけない。

 平田氏にせよ山本氏にせよ、本当にそのような無謀な準備をしないと勝てないと思っているのだろうか。どう考えても、戦闘能力的には日本が優位に立っているのであり、そこまでする必要は一切ないと思う。繰り返すが、無理をするならばもっと本質的な場面にすべきである。

投稿時間 2003年10月23日
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