blog武藤文雄のサッカー講釈

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■ 高いレベルの試合の審判

 この週末は多忙だった。Jリーグはあるは、海外リーグも軒並み始まるは、海外リーグに多数日本のスターは登場するは、少年団のコーチはあるは、世界陸上はあるは、小学校の夏休みの宿題をやらなければならないは手伝わなければならないは。しかし、最も非日常的活動は、通常の年齢層(20代の選手がプレイする)の公式戦の副審を久々に務めた事だった。
 数ヶ月前に、4級審判員の資格を(20年振りに)取得した事は、2月9日の日記で講釈を垂れた。その後、様々な審判を務めたが、小中学校なり四十雀の試合ばかり、つまり通常の年齢層の審判は務めていなかった。諸事情あって、某市の市民大会で旗を振る事になった次第。今日の試合は(プレイした選手には失礼だが)トップレベルにはほど遠いが、コンスタントに練習を積みそれなりに真面目にサッカーに取り組んでいるレベルと見た。思うにこのようなレベルの審判をしたのは、(当時は無資格だったが)自分が20代の頃以来だろう。
 試合前は、脚力のある若者についていけるか、非常に心配だった。しかし、始まってみると案外と対応できた。その理由は、今日担当した試合のようにある程度試合のレベルが高いと、試合の流れが読みやすいためだった。MFやサイドバックがフリーになって、パスを出そうとすれば、よい展開が期待できる。逆にプレスがかかって無理な体勢からのパスは通らないだろうと予想可能。これがレベルの低い試合になると、偶然のパスが通ったりするので、読みづらく、審判としても体力を浪費してしまう。また試合が進むにつて、個々の選手の特徴がわかってくれば、より読みが当たるようになったのは言うまでも無い。

 まあ、考えてみれば、審判にせよ、観戦にせよ、同じと言う事か。いずれの場合も、選手たちとの無言の会話を行っているのだろう。おっと違った、観戦の時は応援し誹謗し激励するな(別にそれにより状況が変わる訳ではないが)。審判の時こそは無言だ。

投稿時間 2003年08月31日
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