blog武藤文雄のサッカー講釈

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■ ベッカム騒動

 不愉快なニュースだ。
 先日の来日時の馬鹿騒ぎも不愉快だったが、この日のレアル・マドリード加入イベントも、馬鹿騒ぎに終始したようにしか見えなかった。
 私はサッカークラブが、金儲けをする事は否定しない。サッカーチームにとって、試合の勝利は究極の目的だが、サッカークラブにとって、金儲けは重要な仕事である。しかし、程度問題である。フィーゴを抱えるチームにベッカムが加わる事に何の意味があるのか。これこそ、アンチサッカーである。
 元々、現状のレアル・マドリードは、ただの脂っこいチームに過ぎない。確かに、この脂っこいチームは、昨シーズン再三再四美しいゴールを見せてくれた。生で見ることができたトヨタカップの1点目なり、チャンピオンズカップの準々決勝、マンチェスター・ユナイテッドとのアウェイで見せた2点目なり(4月24日の日記参照)。しかし、このチームはありあまる素材たちをただ並べただけのチームであり、チームとしての鍛錬がなされているようには見えなかった。チャンピオンズカップの準決勝、チームとして鍛錬されたユベントスに敗れたのは、サッカーの神が未だ良心を失っていない証左と見たのは私だけか。さらにチャンピオンズカップ決勝(ユベントス−ACミラン)は、緊張感あふれる重苦しいタイトルマッチだった。ところが、この決勝戦に対して、「失点のリスクを避ける腰の引けた試合、アンチサッカー」との酷評が多かった。しかし、私に言わせれば、この両チームはチームとして鍛錬されており、シビアに勝利を見据えて戦ったがゆえに、あのような試合となったのだ。それに対して、札束で良好な選手を集め、鍛錬したチーム作りを行っていないレアル・マドリッドの方が、よほど問題である。

 来月、レアル・マドリードは、我が国を始めアジア諸国を歴訪し、金儲けツアーを行う。そこには、サッカーの歓びはない。

投稿時間 2003年07月02日
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