日本代表が今年最初の強化試合のサンフランシスコ米国戦に向けて旅立った。スポーツニュースで先日の合宿の練習試合で(相手が高校生だとは言え)、小野、小笠原、久保の3人の攻撃ラインが機能したと聞くと、何とも愉しみになってくる。欧州でプレイする選手と、国内でプレイする選手を、いかに組み合わせるかなど、微妙で難しい問題を抱える代表チーム。あと5ヶ月間に渡り、ワールドカップに向けて様々に喧々諤々できるかと思うと、興奮を禁じ得ない。
とは言え、まずは米国と言う対戦国について、講釈を垂れてみたい。
サッカーを抜きにして、米国は世界最強国であり、政治的にも経済的にも我が国に関係の極めて濃い国だ。そして、我が国と並んで、世界で数少ないサッカーがナンバーワンスポーツでは無い国。
90年代半ばより我が国はサッカーがメジャースポーツ、いや若者たちの間ではナンバーワンスポーツに近い状況になり、丹念に力を蓄えてきた。そして、ようやくアジアでもトップレベルの戦闘能力を安定して具備し、ワールドカップに出場のみならず、2次トーナメントでの活躍が現実的に期待できるレベルに到達した。
ところが、米国は微妙に我々より前進している。50年大会でイングランドに奇跡の勝利を遂げた歴史はさておき。90年大会に久々に出場(この出場に対しては、色々と怪しげなエピソードはあるが、まあそれはそれ)、94年地元大会ではルーマニア、スイス、コロンビアと同じと言う難しいグループリーグを勝ち抜く。さらに2次トーナメントではブラジル相手に見事な抵抗を見せた(0−1で敗戦)。98年大会は1次リーグで全敗に終わるものの(この大会で全敗だったのは、米国ともう1ヶ国だけだった...(涙))、2002年は堂々のベスト8進出。その実効性が再三議論となるFIFAランキングでも、1桁順位の常連となっている。
冷静に考えれば、完全に格上の国なのである。
では日本と米国の対戦実績はいかがか。これが案外と対戦実績が少ない。
言うまでも無く、あのシドニー五輪の準々決勝のPK敗退が思い起こされる。忘れられない試合だ。中田のPK失敗。楢崎の負傷。主審の大胆極まりない笛(言い換えれば、酒井(現レッズ)のロスタイムのフェアなスライディングをPKに取られた判定)。疲労困憊の選手たちにも関らず、凍ってしまって動けなかったトルシェ氏。試合終了後のダバディ通訳の涙。悔しく悲しい思いの試合だったが、いい試合でもあった。
A代表の対戦は、93年のキリンカップに遡る。92年秋の地元アジアカップで初優勝した我々日本。93年の米国ワールドカップ予選の勝ち抜きが現実的なものになっていた。その1次予選(UAE、タイなどと同グループ)を前にした準備試合として、キリンカップが組まれ、ハンガリーと米国が招待された。福岡で行われたハンガリー戦では、欧州でも名高かったデーターリとキプリッチのコンビを、井原が押え切れず0−1で痛恨の敗戦。その1週間後の国立での米国戦。1点を先制されたものの、福田の鮮やかな突破と、カズの見事な得点能力により3点を奪い3−1で快勝。この快勝は嬉しかった、いよいよ始まるワールドカップ予選に向けて、「行ける」と確信する事ができたのだから。
久々に戦う米国戦。当方は中田、中村、松井、大黒、(平山?!)と、欧州で活躍するトップスターたちが起用できない。先方も一部の欧州在籍選手が起用できず、ベストとは言えない陣容かもしれない。けれども、お互いこの対戦は、本当の意味での世界トップを目指す意味でも、非常に重要な試合となるはず。
全くの余談。
とかく話題になるワールドカップ1次リーグの抽選。今回はマテウスの芝居下手が話題になった。16年前のイタリア大会、地元イタリアの抽選を行ったのは、あのソフィア・ローレン。こちらは芝居が本業がゆえにそのようなチョンボは一切せず、怪しげにボールをつかんで地元ラクチンの組み合わせを無難に獲得した。
その時の組み合わせが、イタリア、チェコスロバキア、オーストリア、米国。当時としてはイタリアにとって、とても楽な組み合わせと話題になった。当時、チェコスロバキアもオーストリアも予選突破はしたものの、欧州からの出場チームでは最弱ではないかと言われていた。まして、米国の評価たるや。
16年経てば時代は変わる。イタリアとチェコと米国(むろんガーナも強そうだし)のグループは、今大会屈指の厳しいグループの1つとなってしまった。16年の歳月を感じずにはいられない。
